自由な彼と足の自分


一度だけ、一度だけ彼を見たことがあった。
お義父様に連れて行かれた場所で。
遠くからだけど、車から降りて見てた。
隣にはお義父様がいて、後ろには運転手が控えてて。
太陽はぎらぎらと照っていて。
それでも、私には彼しか見えなかった。

話は前々から聞いていた。
その為だけに自分が引き取られたことも。
私という存在と彼という存在でお姉様達が苛ついていたのも。
それが痣となって私の身にふりかかったから。
お義父様の発言で、それがますます激しくなったのも。
それでも、平気だった。
決して見えるところにはつけないから。
耐えていればそのうち終わるから。
それが、当たり前になってしまったから。
お義父様は気づいているのかは定かではないけれど、ちゃんと気づかないふりをしてくれているから。
だから平気だった。
私はこのまま彼と結婚するのだろう。
そう、思っていた。
予想ではなく事実として。
近い未来のこととして、そう聞かされ続けていた。
だから、その通りになる。
それだけのことだと思っていた。

彼はそこで、友人と思われる男の子とサッカーをしていた。
その友人の男の子は井上先輩。
後に飛葉中で会うことになった。
井上先輩は知らない。
私と彼の関係を。
彼の素性を知っているかどうかは私は知らない。

お義父様に彼を見るから、ついてきなさいと言われても何も感じなかった。
ただ、何も言わずついって行っただけだった。
けれど、後悔した。
来なければ良かった。
見なければ良かったと。
そう、後悔した。
見なければ、何も思わずにいれたのに。
彼との婚約に疑問を持たずにいれたのに。
……けれども、もう遅かった。
見てしまった。
楽しそうに笑う彼を。
楽しそうにボールを蹴る彼を。
私とは全く違う。
私みたいに、鳥籠の中にいるしかないのとは違う。
彼は、自由に空を飛ぶ鳥だと誰かが私の脳に話しかけた。
そう、彼には自由が似合う。
私との婚約は足枷にしかならないのだ、と。
彼はお義父様の元に行かない方が良いのだと。
行って欲しくないとも思った。

いないと思っていた神様をほんのちょっぴり信じようと思ったのは
それから数日たったある日のことだった。
彼がいなくなったとの知らせを聞いた。
お義父様は怒っていた、お姉様は鼻で笑いつつも喜んでいた。
私はただ、部屋で一人安堵した。
良かったと。
囚われるのは私一人でいいと。

彼がいなくなっても私の生活は変わらなかった。
学校とお稽古の日々。
それが変わったのは、中2になった時。
お義父様が急に時間が遅れた。
中学を卒業するまでは自由にしていいと。
鳥籠を外してくれると。
これはたぶん、私にとっての最初で最後のチャンスだった。
とにかく私は考えた。
自分がこれからどうするか。
どうするのが一番望ましいか。

答えは非常に曖昧だけれども出すことができた。
とにかくその為には京都から、お義父様やお姉様達の目が離れるところへ行かなければならなかった。
でなければ、私の考えなどすぐにばれてしまう。
それでは意味がなかった。
ある種の切り札だった。
だから最後まで相手に見せることはできない。
そうはいっても、所詮くだらないことだと。
お義父様にとっては、なんてことのないことだと。
わかっていた。
それでも、私ができるのはこれくらいしかなかった。

選んだ学校は『飛葉中』。
名前も惹かれた。
決して飛べなかった私だからこそ『飛』という字に心が惹かれた。
そしてその、決断が間違っていなかったとも思った。
友人や先輩に恵まれた。
何故か事情を知っているらしい協力者もできた。
何もかも順調だった。

マネージャーとして、桜上水対飛葉中の試合を見るまでは。



END

------------
変換がない(汗

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送